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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2939号 判決

原告 モレンド・イクイップメント・カンパニー・インコーポレーテッド

(Mollendo Equipment Co,Inc.)

右代表者 ジェイム・アイ・スタインシュレーバー

右訴訟代理人弁護士 外山興三

同 小中信幸

同 細谷義徳

被告 石原通商株式会社

右代表者代表取締役 秋沢旻

被告 石産商事株式会社

右代表者代表取締役 西内昭彦

右両名訴訟代理人弁護士 稲澤宏一

同 板垣吉郎

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、アメリカ合衆国通貨金三万六八八〇ドル及びこれに対する昭和五〇年一月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、アメリカ合衆国ニューヨーク州法に基づき設立され、化学製品の輸出入及び販売を目的とする法人である。

2  被告らは、いずれも化学製品、薬品等の日本国内での販売及び輸出入を目的とする株式会社である。

3(一)  訴外モール・インターナショナル・インコーポレーション(MAUL IN-TERNATIONAL INC.以下「モール」という。)は、昭和四九年一〇月二四日、被告石原通商株式会社(当時の商号石産商事株式会社。以下「被告石原通商」という。)から、苛性ソーダ一五〇トンを代金総額アメリカ合衆国通貨(以下「米ドル」という。)金四万四七〇〇ドル、FOB取引(神戸又は名古屋又は横浜港渡し)で、代金支払は一覧払取消不能信用状(以下「LC」という。)による、LC受領後一か月以内に船積するとの約にて買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を結んだ。

(二)(1) モールは、原告の代理人として本件売買契約を結んだものであるから、本件売買契約は、商法五〇四条本文により原告と被告石原通商間の契約として成立しているものである。

(2) 被告石原通商は、モールが原告の代理人であることを知っていたか、あるいは仮にこれを知らなかったとしても、そのことにつき過失があるから、同被告は、本件売買契約が原告と同被告間に成立したことを否定することができない。

(三) 仮にモールが原告の代理人でないとしても、

(1) モールは、本件売買契約締結後直ちに、買主としての権利義務を原告へ譲渡した。

(2) 被告石原通商は、右譲渡を知りながら、異議を述べなかったので、原告は、右譲渡を被告石原通商に対抗しうるものである。

(3) 仮に、被告石原通商が右譲渡を知らなかったとしても、同被告は、後述のように、原告の申請により開設されたLCによって代金の支払を受けているのであるから、右譲渡を承諾したものというべきである。

(四) 仮に、右(二)、(三)の主張が認められないとしても、

(1) 本件売買契約は、第三者である原告のためになされた契約である。

(2) 原告は、LCの開設を申請することにより、受益の意思表示をしたので、原告は、本件売買契約に基づきその目的物たる苛性ソーダの引渡を請求する権利を取得した。

4  原告は、昭和四九年一〇月二四日、原告の計算において、アメリカン・バンク・アンド・トラスト・カンパニー(AMERI-CAN BANK & TRUST COMPANY以下、「アメリカ銀行」という。)に、被告石原通商を受益者とするLCの開設を申請し、右LCは、同日開設され、同月末同被告に到達した。右LCによれば、仕向地をサルバドル港、船積期限を同年一一月二〇日とすることが要件とされていた。

5  原告は、同年四月ごろ(ただし、遅くとも同年六月六日以前)、ブラジル連邦共和国バヒア郡サルバドル所在のカンポス社に対し、苛性ソーダ一五〇トンを代金五万八三二七・五〇米ドルで売り渡す旨の契約(以下「本件転売契約」という。)をしていたが、ブラジル政府のカンポス社に対する右苛性ソーダの輸入許可の有効期限は、同年一一月三日までであった。

原告は、右のとおりカンポス社に転売すべく、被告石原通商との間に本件売買契約を締結したものである。

6(一)  被告石原通商は、同月三〇日、約定に反し、苛性ソーダ一五〇トンのうちの九九・八トン(以下「本件苛性ソーダ」という。)を、仕向地ブラジル・レシフェ港として、横浜港よりフロタサントス号に船積し、右苛性ソーダにかかる船荷証券(以下「BL」という。)を、同船々長から取得した。

(二) 代金決済を信用状で行なう売買取引においては、売主は、買主が目的物を受領し又は転売するのに支障のないよう真正でかつ何らの異常のない船積書類(BL、送り状、保険証券、原産地証明書等)を買主に交付すべき義務を負っている。

(三) しかるに、被告石原通商は、同被告の依頼に基づき発行されたBLの発行日付(一九七四年一一月一五日となっていた。)を何らの権限なく薬品を用いて消除し、新たに一九七四年一一月三日の印を押捺し、もってBLの発行日を改ざんした。また、同被告は、当初、出港日を同月一五日とする送り状を作成したが、その後、右出港日の日付に訂正印を押して同月三日付に訂正した。

(四) 被告石原通商は、同年一二月初旬、原告の申請により発行された前記LCに基づき、右改ざんしたBL等を用いて本件苛性ソーダの代金二万九六四〇米ドルの支払を右LCの日本における通知銀行である株式会社東京銀行から受け、原告は、同月二三日、右LCの発行銀行であるアメリカ銀行に金二万九六四〇米ドルを支払い、右LCは決済された。

(五) ところで、原告の転売先であるカンポス社がブラジル政府より得ていた苛性ソーダの輸入許可の有効期限は、前記のとおり、同年一一月三日までであったところ、ブラジル税関は、本件BLの日付が改ざんされていることから、右同日までに船積されたとは認められないことを理由に、通関を許さず、その結果、カンポス社は本件苛性ソーダの受領を拒否し、本件転売契約に基づく原告に対する代金の支払を拒絶した。

(六) 被告石原通商の前記(三)、(四)の行為は、同被告の債務不履行というべく、仮にそうでないとしても、原告に対する不法行為を構成するものである。

7  被告石原通商の前記の行為の結果、原告は、合計金四万四〇九五・二三米ドルの損害を受けたが、その内訳は次のとおりである。

(一) 原告がLCにより支払った本件苛性ソーダ代金相当額 金二万九六四〇米ドル

(二) 銀行手数料及び利息相当額 金一二〇〇米ドル

(三) テレックス費用 金四〇〇米ドル

(四) 荷揚港変更による損害 金三八八〇・七二米ドル

原告は、本件苛性ソーダを金三万八八〇七・二三米ドルでカンポス社に転売し、その引渡はサルバドル港で行うことになっていたところ、被告石原通商が船積した船舶の荷揚港がレシフェ港であったため、原告は、カンポス社から、倉庫代と内陸運送費に充てるために転売代金の一割にあたる金三八八〇・七二米ドルの減額を要求された。原告は、右要求に応じざるを得なかったので、右相当額の損害を被った。

(五) 転売利益の喪失 金五二八六・五一米ドル

原告は、カンポス社に対して本件苛性ソーダを金三万八八〇七・二三米ドル(その後、(四)の事情により金三万四九二六・五一米ドルに減額された。)で転売したので、購入価格金二万九六四〇米ドルを控除した金五二八六・五一米ドルの転売利益をあげうるはずであったが、被告石原通商が改ざんしたBLを原告に交付したことから、原告はカンポス社から転売代金の支払を受けることができず、そのため、原告は右転売利益相当分の損害を被った。

(六) 弁護士費用 金三六八八米ドル

原告は、被告らに対する本訴請求を提起するため弁護士である原告訴訟代理人らに訴訟委任をし、弁護士費用として訴提起時の本訴請求額の一割に相当する金三六八八米ドルの支払を約束した。そのため、原告は、右相当額の損害を被った。

8  被告石産商事株式会社(以下「被告石産商事」という。)の責任

(一) 法人格の否認

被告石産商事は、被告石原通商がその商号を昭和五〇年三月二八日に石産商事株式会社から現商号に変更した後、同被告の子会社として、同年四月一六日に設立されたもので、両被告は登記簿上は別法人とされてはいるが、被告石産商事は、その設立当初、その本店を被告石原通商と同一場所に置き、両被告の役員も大部分共通であるので、実体は同一会社というべきであり、かつ、原告が本訴に先立ちアメリカ合衆国ニューヨーク州の裁判所に本訴請求にかかる損害賠償請求事件を提起した際、被告石産商事は、本件取引の当事者であるかのように応訴したのであり、これらの点から、被告らは法人格の相違を原告に対抗できない、というべきである。

(二) 重畳的債務引受

仮に右(一)の主張が理由がないとしても、被告石産商事が右(一)に述べたように応訴したことは、同被告が被告石原通商の本訴請求にかかる債務を重畳的に引き受けたものとみるべきである。

(三) 商号続用営業譲受人の責任

仮に右(二)の主張も理由がないとしても、被告石産商事は、被告石原通商の経営組織の変更として設立されたものであって、被告石産商事は、被告石原通商の営業の一部及び商号を譲り受けた。そして、本件苛性ソーダの取引は、右譲渡された営業分野に属するものであるので、被告石産商事は、商法二六条一項の商号続用営業譲受人としての責任を負うものである。

9  よって、原告は、被告らに対し、各自、原告が受けた損害金四万四〇九三・二三米ドルの内金三万六八八〇米ドル及びこれに対する原告が損害を受けた日以後の日である昭和五〇年一月一日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実は認める。

(二) 同3(二)(1)(2)の事実は否認する。

(三) 同3(三)の事実のうち、(1)の事実は知らない。(2)の事実は否認する。(3)の事実のうち、被告石原通商が原告の申請により開設されたLCにより、代金の支払を受けたことは認めるが、その余は否認ないし争う。信用状は、通常、銀行が輸出業者に対して支払保証を与えるものであるから、その開設依頼人は発行銀行に対して信用力のある者か、相当の担保を提供できる者でなければならない。輸入業者に信用力がなく、かつ担保力がない場合、第三者が開設依頼人となることがあり、従って、信用状の開設依頼人は必ずしも売買契約の当事者とは限られず、また、信用状に基づき代金の支払を受けたからといって、原告主張のように、買主としての権利義務の譲渡を承諾したものともいえない。

(四) 同3(四)(1)(2)の事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同6(一)の事実のうち、被告石原通商が本件苛性ソーダを、仕向地ブラジル・レシフェ港として、横浜港にてフロタサントス号に船積したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告石原通商は、モールの代理人である矢根橋某からBLを受領したものである。

同(三)の事実中、被告石原通商が原告主張のようなBLの改ざんをしたことは否認する。同被告がモールの代理人矢根橋某から右BLを受取った時には、その発行日付はすでに一九七四年一一月三日と記載されていたのである。

同(四)の事実中、被告石原通商がBLを改ざんしたことは否認し、その余の事実は認める。同(六)は争う。

6  同7の事実は争う。原告には損害の発生がない。すなわち、本件苛性ソーダの輸出は、FOB取引であるから、本件苛性ソーダの引渡は船積により完了し、原告は、その所有権を取得し、一切の処分権限を有しているのであるから、原告には損害が発生していない。

三  抗弁

1  不可抗力

原告の主張によると、カンポス社がブラジル政府より受けていた苛性ソーダの輸入許可の有効期限は昭和四九年一一月三日であって、同日までに船積することが必要であった、というのである。ところが、LCに記載された船積最終期限は、同月二〇日であって、被告石原通商は、モールよりレシフェ港への船積承諾を得た同月一八日以後に船積をしているのである。従って、そもそも、右輸入許可の有効期限前の日付のあるBLを被告石原通商が取得することは不可能であったし、ブラジル税関において右有効期限を厳守する以上、BLに日付の改ざんがなかったとしても、本件苛性ソーダは、右有効期限後の船積であるから、ブラジルへの輸入はできなかったものである。

2  仕向地の変更

被告石原通商は、LCにより仕向地をサルバドル港と指定されたため、同被告及びモールの代理人矢根橋は同港行きの船舶を捜したが、昭和四九年一一月中にサルバドル港へ向けて出帆する船はなく、わずかにレシフェ港に向け出帆するフロタサントス号があるのみで、サルバドル港向けの船舶は翌年一月までないことが判明したので、同被告からモールへその旨連絡したところ、モールは、同四九年一一月一八日付テレックスにより同被告に対し、仕向地をレシフェ港とするように指示してきた。従って、仕向地は、サルバドル港からレシフェ港へ変更されたものである。原告は、同年一二月二三日、アメリカ銀行に対し本件苛性ソーダの代金を支払い、LCを決済しているが、その際、何らの異議も述べていないのであって、原告自身仕向地変更を承認していたものである。

3  公序良俗違反

原告は、前記12の事情のもとで、被告石原通商に対し、昭和四九年一一月三日以前の日付の船荷証券の交付を求め、その交付がないことを理由に損害賠償を請求しようとするものであって、このような行為は公序良俗に反するものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、カンポス社がブラジル政府より受けていた苛性ソーダの輸入許可の有効期限が昭和四九年一一月三日であり、同日までに船積することが必要であったこと、LCに記載された船積最終期限が同月二〇日であることは認める。

2  同2の事実のうち、LCにより仕向地をサルバドル港と指定されたこと、原告が被告ら主張のとおりLCを決済したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因2の事実、同3(一)の事実、同4の事実、同6(一)の事実中、被告石原通商が本件苛性ソーダを仕向地ブラジル・レシフェ港として横浜港にてフロタサントス号に船積した事実、同6(四)の事実中、被告石原通商がBLを改ざんしたとの点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、まず、本件売買契約の準拠法について考えるのに、法例七条一項によれば、法律行為の成立及び効力については当事者の意思に従いそのいずれの国の法律によるべきかを定め、同条二項によれば、当事者の意思が明らかでないときは行為地法による旨規定されているところ、本件売買契約においては、当事者により準拠法が指定されたことを認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、本件売買契約は東京において締結されたことが認められ、これに反する証拠はないので、本件売買契約の成立及び効力については、行為地法たる日本法が適用されることになる(なお、法例八条一項によれば、法律行為の方式はその行為の効力を定める法律による旨規定されているので、本件売買契約の方式についても日本法が適用されることになる。)。

前記当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を総合すれば、原告は昭和四九年一〇月二四日の直前にモールに対し苛性ソーダ約一五〇トンを獲得したいとの意向を伝え、これに基づいてモールが原告と本件売買契約を結んだこと、その際取り交わされた契約書においては、モールは原告の代理人であることを示しておらず、また仕向地についての定めもなされていなかったこと、同日付で開設されたLCは原告の依頼に基づいて開設されたものであり、同LCにおいて仕向地のブラジル・サルバドル港であり、同年一一月二〇日までに船積すべき旨指示されたこと、被告石原通商とモールの代理人矢根橋は同月中にサルバドル港に向け出港する船舶を懸命に捜したが、手配ができず、やっとレシフェ港へ向うフロタサントス号が利用できるのみで、サルバドル港に向け出港する船舶は昭和五〇年一月にならないと利用できないことが判明したこと、これらの点に関し、同被告とモールは昭和四九年一〇月三〇日から同年一一月二二日までの間テレックスにより交信し合ったが、同月一八日のテレックスにより、モールは同被告に対し「買主は本日レシフェにて引渡を受けることに同意。今月のスペースを予約し、船積する積荷を準備せよ。信用状を修正中。明日当社の銀行電報で貴社の銀行に対しサルバドルからレシフェに港を修正する。」旨連絡していること、その後、同月二〇日、同被告からモールに、苛性ソーダ五〇トンはストラトナゴヤ号でサルバドル向けの予約をし、残りはレシフェへ送る旨連絡したのに対し、同日、モールから同被告に、謝意を述べるとともに、出港日を知らせるよう連絡があり、同月二二日、同被告からモールに、ストラトナゴヤ号は同月三〇日、フロタサントス号は一二月一日に横浜港を出港する旨連絡し、折り返しモールから同被告に、出港日の通知に謝意を述べるとともに、LCを修正する旨返答してきたこと(なお、モールからのテレックスは一一月二〇日付よりテレックス番号が二二三三〇四番となっており、これは原告のテレックス番号である。)、被告石原通商が作成した本件苛性ソーダの送り状は原告を名宛人としていること、本件苛性ソーダに関するBLには原告が荷送人として記載されていること、同被告は原告の申請により開設された前記LCにより本件苛性ソーダの代金二万九六四〇米ドルの支払を受け、原告はその決済をしたこと、本件苛性ソーダがレシフェ港へ到着したものの、通関できなかったことから、その善後策を巡って、昭和五〇年二月四日から同年四月八日までの間、原告と被告石原通商との間でテレックスによる交信が行われたが、同年三月一六日、原告が、解決策はないとして、本件苛性ソーダを返還するので、代金等を返還するよう求めてきたのに対し、同月一九日、同被告は、ブラジルへの輸入許可の有効期限の延長の可否等について問い合わせるとともに、「当社としては、レシフェへの船積についてすべてを知っているモール氏から何の知らせもないのは大変残念です。換言すれば、右船積はすべて同氏と密接な相談を経てなされたもので、当社は、同氏が右船積の間日本において貴社を代理していたものと了解しております(IN OTHER WORDS THIS SHIPMENT HUNDRED PERCENT HAVE BEEN DONE IN CLOSE CONSULTATIONS WITH HIM WHO WE UNDERSTAND REPRESENTED UR COMPANY IN JAPAN DURING THIS SHIPMENT.)。どうか、同氏に問い合わせたうえ、ご連絡下さい。」と返答していること、以上の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、モールは被告石原通商と本件売買契約を締結するにあたり、原告のためにすることを示してはいないが、原告の代理人としてこれを締結したものというべきであり、同被告もそのことを了解していたものというべきであるから、商法五〇四条により本件売買契約は同被告と原告との間に成立したものと解すべく、同被告もこのことを否定しえないものと解すべきである。

そして、前記認定の事実によれば、本件苛性ソーダの仕向地は、モール、従って原告の了解のもとに、サルバドル港からレシフェ港へ変更されたものであることが明らかである。

二  そこで、被告石原通商の債務不履行の有無につき判断する。

1  本件苛性ソーダの仕向地が原告の了解のもとにサルバドル港からレシフェ港へ変更されたものであることは、前項で述べたとおりである。

2  請求原因6(三)の事実中、被告石原通商が当初、出港日を一九七四年一一月一五日とする送り状を作成したが、その後、右出港日の日付に訂正印を押して同月三日付に訂正したことは、被告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

《証拠省略》によれば、本件苛性ソーダに関し発行されたBLの発行日付として当初「NOV. 15 1974」と記載されていたところ、これが薬品様のもので消され、新たに「NOV.×3. 1974」と記載されたものの、当初の記載の痕跡が残っており、訂正が真正になされたことを示す署名等はなされていないことが認められ、《証拠省略》によれば、モールは、昭和四九年一一月一日、被告石原通商に対し、「信用状では一一月二〇日と書いてあるが、船荷証券の発行日付は同月三日あるいはそれ以前でなければならない」旨テレックスで連絡してきていることが認められる。

しかしながら、右認定の事実をもってしては、本件BLの発行日付を被告石原通商において改ざんしたことを認めるに十分でなく、他に、被告石原通商が本件BLの発行日付を改ざんしたことを認めるに足りる証拠はない。

3  のみならず、本件売買契約がFOB取引であることは、すでに当事者間に争いがない事実として認定したとおりであるところ、FOB取引においては、売主は、契約で定められた船積地で買主の指定する船舶に商品を船積する義務を負い、右船積により商品は買主に引き渡され、運送人との海上運送契約は、もっぱら買主の権限と責任においてこれを締結するものと解すべきである。そして、BLは、荷送人(FOB取引においては、買主が荷送人となる。)の請求により、商品の船積後遅滞なく、運送人、船長又は運送人の代理人により交付されるものである(国際海上物品運送法六条)。

これを本件についてみるに、《証拠省略》によれば、本件苛性ソーダに関するBLは、運送人(船舶所有者)の代理人であるケイ・ライン・エージェンシイ・リミィテッドが原告を荷送人として発行していることが認められ、《証拠省略》によれば、モールの代表者は本件売買契約締結直後アメリカへ帰国するに際し、矢根橋某を代理人に選任したこと、被告石原通商に本件苛性ソーダに関するBLを届けたのは矢根橋であることが認められるので、右BLをモール、従って原告のために発行者であるケイ・ライン・エージェンシイ・リミィテッドから交付を受けたのは、矢根橋であると推認するのが相当である。

ところで、原告の主張によれば、原告が本件売買契約を締結したのは、原告がカンポス社との間に本件転売契約を締結していたためであり、カンポス社がブラジル政府より受けていた苛性ソーダの輸入許可の有効期限は昭和四九年一一月三日までであったというのであるから、右有効期限を厳守するかぎり、同日以前に発行されたBLが必要であった筋合である。現実の船積日よりも遡った日付のBLを発行することがいいかどうかはともかく(本件において、原告の代理人であるモールが被告石原通商にレシフェ港向けの船積を指示したのが同月一八日であること前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、本件苛性ソーダの船積日は同月三〇日であったことが認められるので、同月三日以前の日付のBLを発行することは、現実の船積日より遡った日付のBLを発行することになることが明らかである。)、FOB取引においては、BLの交付を受けるのは荷送人である買主であって、売主ではないから、本件において、同月三日以前の日付のBLを取得できなかったことが、売主である被告石原通商の債務不履行といえないことは明らかである。

4  さらに、FOB取引において、運送人等からBLの交付を受けた買主は、代金支払のために売主にこれを交付し、売主は、右BLをその他の船積書類とともにLC開設銀行又はその取引銀行に呈示して代金の支払を受ける権利を有するものである。そして、売主は、その交付を受けたBLの発行日付に改ざんされた痕跡を発見した場合においても、買主に対し改ざんされていないBLの交付を求めるかあるいは交付を受けたBLをそのまま銀行に呈示して代金の支払を求めるかの裁量を持ち、改ざんの事実を買主に通知したり、代金支払のための呈示を差し控える義務まではないと解するのが相当である。

してみれば、被告石原通商が本件BLをその他の船積書類とともに株式会社東京銀行に呈示して本件苛性ソーダの代金の支払を受けたことは、売主としての権利を行使したにすぎないのであって債務不履行ないし義務違反にはあたらないと解するのが相当である。

5  以上のとおりであるから、被告石原通商には債務不履行の事実はなく、したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の同被告に対する債務不履行に基づく損害賠償の請求は理由がない。

三  次に、被告石原通商に対する不法行為に基づく損害賠償の請求について判断する。

まず、準拠法であるが、法例一一条一項によれば、不法行為に基づく債権の成立及び効力は、その原因たる事実の発生した地、すなわち不法行為地の法律による旨規定されているところ、原告が本件において不法行為として主張するところの被告石原通商の行為が日本において行われたものであることは、その主張自体から明らかであるから、日本法が適用されることになる。

しかしながら、被告石原通商の行為が本件売買契約に基づく売主としての権利を行使したものにすぎないことは前記のとおりであるから、何ら違法性はないものというべく、その余の点を判断するまでもなく、原告の同被告に対する不法行為に基づく損害賠償の請求も理由がない。

四  原告の被告石産商事に対する請求は、被告石原通商が損害賠償義務を負うことを前提としているものであるところ、その前提が理由のないことはすでに述べたとおりであるから、右請求もまた理由がない。

五  よって、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 上田豊三 裁判官長久保守夫は職務代行を解かれたため、署名押印することができない。裁判長裁判官 山口繁)

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